椿は満開だが
2026/02/04
もうだいぶ前からだが、椿は満開で、赤い花がたくさん咲いている。
特に、清住通りの向こう側のお寺にあるピンクの椿はとてもゴージャスに咲いている。
にもかかわらず、だれも「椿が咲いた」とも言わないし、まして「椿の予想満開時期」なんて聞いたことがない。
みんな、椿という花に対して無関心であるということだろう。
「椿咲く、春なのに……」は渥美二郎の釜山港へ帰れだ。
一方、大川栄作の「さざんかの宿」という歌もある。
椿もさざんかも、とても似ている花だが、だれも美しいとも華やかだともいわない。
この歌が流行ったころ、やっぱり演歌は暗いモチーフだなあと思ったものである。
椿もさざんかも、そもそものとらえられ方からして、地味で暗いのかもしれない。
花だけ比べれば、桜は足元にも及ばない。
木の大きさにはかなわないということだろう。
「牡丹と薔薇」という歌もあった。
どちらがきれいと続く。
作詞家の感覚からすれば、そりゃボタンの方でしょといいたいだろう。
にもかかわらず、話題性としてはバラの方だろう。
それは、バラは世界的に愛好家がいる一方、ボタンはせいぜいアジア人しか知らないからだろう。
上野の東照宮で2月頃咲いていたのを見た覚えがある。
今頃どこかでひっそりと咲いているボタンもあるかもしれない。
椿を見るたびに、世の中なんだか不公平なこともたくさんあるなあと思うのである。