過ちは二度と繰り返しませんから
2025/08/02
8月に入って、戦争や原爆の話が出るようになってきた。
そして、あの長崎の「過ちは二度と繰り返しませんから」ってやつも。
池上さんが、主語はだれかという議論があると解説する。
いっぽう、最近のアメリカの世論調査では、原爆投下の容認派と否定派が拮抗してきたというニュースもある。
時代の流れというものだろう。
戦争を経験した世代からしたら、自分たちの勝利に貢献したものはいいに決まっていると答えるだろう。
ありえない話だが、仮に日本がニューヨークとロサンゼルスあたりに原爆を落としてアメリカを降伏させたとすれば、日本での肯定派は圧倒的だろう。
原爆のおかげで勝った、神風が吹いたと。
19-0で負けている試合の9回裏に満塁ホームランを5本打ったような話である。
しかし、19-0で勝っていたのはアメリカの方で、満塁ホームランなんて必要なかったのではないか。
ではなぜ、あのようなことをしたのか。
そう思えば、ルーズベルトの焦りがあったのではないか。
そもそも、自国の若者を戦争に送らないといって当選した大統領である。
ふたを開けてみれば、日本との戦争を始めた。
そこには、日本に勝つことは、赤子の手をひねるよりたやすいう思い込みがあったのだろう。
実際、近衛との会談を重ねたことを、「まだ日本をあやしていられる」とまるで嬰児扱いである。
それが、原爆投下に踏み切らざるを得なくなったものがあったとすれば、日本の驚くべき頑強な抵抗であっただろう。
来るべき本土決戦は、局地戦と違い、どれだけの被害が出るかわからない。
事実、沖縄戦でのアメリカの戦死者は2万人を超えている。
あの島だけでそれぐらいの損傷が出るとすれば、その何十倍もある本土では、死傷者の数は計り知れない。
この期に及んで、アメリカは怖気づいたのではないか。
ルーズベルトが生きていたら思ったのではないか。
このままでは、自分は歴代もっとも自国民を殺した大統領といわれることになるのではないか。
そして、日本に戦争を仕掛けたことを悔やんだのではないか。
「過ちは二度と繰り返しませんから」
この言葉はフランクリン・ルーズベルトこそいうべき言葉ではなかったか。
私はそういいたい。