亜脱初夜
2026/05/02
矯正科にとって、何が困るといって、歯が動かないことで、もしも抜歯した症例で歯が全く動かないということになったら、補綴でもするしかなく、何のために歯を抜いたのかって話になる。
幸い、まだそういう患者さんにはお目にかかっていないので、助かっている。
とはいえ、時々1本の歯が動かないという方はいる。
ほかの歯が動いているのだから、その歯だけが動かないということで、アンキローシスを起こしているのだろうと考えるところだ。
歯根のごく一部で、歯根膜が肉芽組織に置き換って骨と接着しているのだろうと考えている。
この場合、亜脱臼させて、肉芽組織をはがしてやることが歯を動かすために必要と考えられている。
という理屈はわかっていても、実際にこれをやるとなると、初めてでは勇気がいる。
さらに、矯正専門医のところには普通は浸麻がない。
10年前にはあったのだが、どうせ使わないということで、友人にあげてしまったのだ。
ということで、仕事先の院長から分けてもらったわけである。
とはいえ、初めてのことなので、はたしてやってもいいものなのかという心配はある。
もしも、歯が折れたらどうしようとか、逆に、やっても動かなかったらどうしようなど、初めて何かをやるときには、様々な心配が付いて回る。
当然、患者さんだってそんなことをされるのは初めてなわけで、つまり、やる方もやられる方初めての経験である。
やらせていただいてよろしいでしょうかという、まるで初夜のような話である。
最後に浸麻を使ったのはいつだったか忘れたが、もう何年も握った覚えがない。
ヘーベルで歯をがしっと把持してぐりぐりとねじると、ややぱきっという音がしたような気がした。
以前はなかった動揺も見られるので、一応亜脱臼はできたのか、と思って終了した。
ぱきっという音が、実は接着剤が割れた音じゃなければいいなとか、歯根が折れてたらどうするとか、いろいろと悪いことを想像する。
しかし、これで歯が動いてくれなければ、ほとんどやった意味がない。
何とか動いてくれと祈るばかりである。