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骨が語る日本人の歴史

2016/06/18

 

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旧石器時代から現代までの発掘された人の骨から、各時代の特徴を挙げて比較するという手法である。

とはいえ、旧石器時代の骨は港川遺跡のものしかないのだが、これが果たして日本人といえるかというのは筆者の意見である。当時の沖縄と日本列島とは隔絶されており、航海術が未熟であった当時を考えれば、彼らがそのまま本土までやってくることはなかったと結論付けている。

筆者のもっとも言わんとするところは、縄文人と弥生人の関係性である。埴原の言う渡来人が次第に日本中に行き渡り、弥生人になったかどうかという点である。筆者はそこに否という。筆者の述べるところでは、弥生人はもともといた縄文人が水耕文化を体得したおかげで現代人がこの100年で大きく変容したのと同じような変化を起こしたのだろうという説である。日本に居住する人間のほとんどが入れ替わってしまったかのような大量の渡来人が来たはずがないというのが論拠であるようだ。残念ながら、彼の説を支持するような発見が今のところあるわけではない。多分に思い込みも強いと思われる。埴原の説を覆すようなものは何も示されていないようである。

筆者には、現代人の体型、なかんずく顔面形態が均質なものであると捉えているようである。だが、実際には縄文人に近いと思われる短顔型もあれば、弥生人に近いと思われる長顔型もある。現代人といっても、さまざまな顔のバリエーションがあるのである。

同様に、下顎骨が退化をしてきたおかげで、切端咬合だったものが正常咬合になってきたと述べている。ならば、現代人には反対咬合は著しく少ないはずだが、「最近顎変形症の患者が増えている」という学会等で用いられる反対咬合の枕詞をどう理解するのか。

日本人がどこから来たのかという命題に対しては、ほとんど何の答えにもなっていなかった印象である。

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